ついこの間までは変わらないはずだったルールも、つまらない定型文も蹴飛ばして。大胆不敵に、自分が見つけたやり方で社会のあり方を変えようと動く。信じた方向に身体を動かすことは、少しの向かい風じゃ揺らがない「自分らしさ」になる 。いまの生活からどこまでも続いていく『Lifegenic』を手にする秘訣は、きっとそこにあるはずだ。
アイテムは、テクノロジー、等身大のアイデア、飾らない信念、マイペース。都市に熟していくソーシャル・グッド・ムードを特集。
クラフトビールがブームになって久しい。米国ではいまだ、一日一クラフトビール醸造所が誕生するペースだ。地ビールであるクラフトビールはその土地のシンボルにもなり、地域活性化にも一役買う。が、一つ問題を抱えていた。大量に捨てられる“麦芽”のカス、食料廃棄問題だ。そこに目をつけたニューヨーク発のスタートアップが、麦芽のカスを“スーパーフード”にアップサイクルすることに成功。そして、このクラフトビールのアップサイクルからはじまる〈理想の都市のありかた〉が見えてきた。
その食料廃棄物、スーパーフードなり
ビールを造るうえで欠かせない大麦麦芽(モルト)。しかし、お湯で浸して麦汁を作った後は、用済みとなり廃棄されてしまう。食料廃棄は、現代における深刻な問題の一つ。ただ、ひと言に「食料廃棄」といっても、まだ食べられるのに捨てられるものと、トウモロコシの芯やナッツの殻のような、食べられないと見なされて捨てられるものがある。麦芽のカスは後者だ。
お湯に浸ったあとの麦芽のカスは、どうやっても「人が好んで食べるものにはならない」といわれてきた。これまで麦芽のカスを再利用した前例には、堆肥や燃料、飼料などがあるが、「ライズ・プロダクツ(Rise Products)」のように、人が食べる食品として息を吹き込む試みは極めて珍しい。
食品にアップサイクルするのは難しいと言われていた一番の理由は「独特の臭い」。麦飯を炊いたときの、なんとも言えないあの食欲を削ぐ臭いに近いと思う。
ライズ・プロダクツの共同創始者ベルサ氏はこう話す。「私たちも最初は、肌の古い角質をとるスクラブや石鹸、紙や建築材にすることを考えました。しかし、麦芽のカスにはそうするには勿体ないほどの栄養価がある。この特徴を活かさない手はないです。そして、一度廃棄物となったものをアップサイクルする、これは付加価値を最大限に高めることに意味があると思います」。
彼女たちがアップサイクルに成功して生まれたのは、小麦粉に似た穀粉「スーパー・フラワー」。これは通常の小麦粉と比べて、プロテインは2倍、食物繊維は12倍。また、炭水化物は3分の1、グルテンの量もフリーとは呼べないものの、小麦の40分の1の低グルテン食品(50ppm)。まさにスーパーフードと呼ぶに相応しいスペックだ。
「ただ、食品としてアップサイクルをする以上、味や香り、食感の良いものでなければなりません」。20年前であれば「おいしさはともかく健康や美容のために食べる」という考え方もあったが、これからの時代は「栄養価が高くて、“おいしい”ものでなければ、人は見向きもしないでしょう」。
少し専門的な話になるが、臭いの問題は、もともと彼女の専門分野である機械工学を用いて「成分を一度分解してのちに結合させる」独自の乾燥&ロースト方法で解決。その結果、ギネスビールをはじめ、スタウト、シュバルツなどの黒ビールの麦芽カスからはチョコレートのような香りが、また、IPAやピルスナーの麦芽カスからはアーモンドのようなナッツの香りがほのかに感じられる仕上がりに。食感は、小麦と混ぜて使うことを想定し、何十回ものトライ&エラーから「粗すぎず、細かすぎない挽き方」を導き出した。
試食させてもらった「スーパー・フラワー」と通常の小麦粉と半々の割合で作ったチョコレート味のブラウニーは、美味であることはもちろん、しっとりした食感や弾力もある。その他にも、現在ニューヨーク市内のシェフたちが、独自の配合でパスタやペイストリー、ケーキなど、新商品を生み出しているそうだ。
地ビールの醸造所が増え、地域経済が潤い、食料廃棄量が増えた
現在、彼女たちは市内のシェアキッチンをレンタルし、ブルックリンやクイーンズ内のクラフトビールの醸造所から麦芽のカスを回収するところから、オーブンでローストし、挽いて粉にして袋詰めする全行程をすべて手作業でおこなう。そのため、「スーパー・フラワー」は約500グラムで約800円(小売価格は約1600円)と高価だ。にもかかわらず、市内のベーカリーやレストランが興味を示しているのは「スーパー・フラワー」に、ずば抜けた栄養価にくわえてもうひとつの付加価値があるからに他ならない。
その「もうひとつの付加価値」にも関わってくるので、ここで一度、そもそもクラフトビールとは何か、について。クラフトビールというと、どこかアルチザン(職人)のこだわりや想いが詰まった手作り(クラフト)の少量生産の個性豊かなビール、というイメージがより強いが、あらためて明確にすると〈小規模で、地域に根づいて造られ、地域を活性化するビール〉がクラフトビールなのだそう。地域の市民が作った造所で、小規模ながら地域に雇用を創出し、地域経済を活性化するビール、ということになる。つまり、こだわりや想いは詰まっているに越したことはないが、それより重要なのは、その地域を活性化させることに繋がっているかどうか。よって、大手飲料事業会社が「クラフト」として出しているオリジナルラインは、場合によっては本来の意味のクラフトビールではない可能性もあるという。
個性豊かでおいしいビールを提供するとともに、経済面もふくめて地域を活性化してきたクラフトビールは、その一方で、醸造所からでる食料廃棄物の問題を抱えてきた。 「スーパー・フラワー」のもう一つの付加価値だが、それは、クラフトビールの「地域活性化」を“次”に繋げることにある。問題となる醸造所の廃棄物を原料に、ライズ・プロダクツは穀粉を作る。そうすることで、まず「廃棄物の量を削減」。そして、それはもう一度地域のもの(ゴミ)を利用することであり、商品をカフェやレストランに卸すことで次の「地産地消」もすすめることにもなる。フードマイレージ*の低い、環境に優しい食品を完成させた功績も大きい。 *食料の輸送距離を意味する。輸送距離が短ければ、輸送時に排出される二酸化炭素が削減されることになり、環境への負荷が小さくなる。
採って、使って、捨てる「一方通行型」から「サーキュラー(循環)型」へ
クラフトビールやレストランやカフェなどもふくめ、多様な産業こそ、その都市の重要な構成要素だ。一方で、大量の資源を消費し、廃棄物を出し、多くの環境負荷を発生させてもいる。この仕組みの改善のため、個々の企業内で省エネを進めたり、廃棄物を減らしたりといったことがおこなわれているが、それには限界がある。根本を見直すならば、地元のビール醸造所とライズ・プロダクツのように、他の企業との連携、ひいては産業と都市(地域)環境の共生が非常に重要なことだとライズ・プロダクツは指摘する。彼女らが目指すのは、まさにこの産業共生だ。
ライズ・プロダクツは、クラフトビール産業の廃棄物から新たな商品を生むことで、カフェやレストランなど別の産業に繋げた。ビール(廃棄物)→ライズ・プロダクツ(穀粉)→カフェ/ベーカリー/レストラン(商品)→消費者(食べる)と、都市の産業を結び、再び消費者に流れる良い循環が生まれている。さらに、穀粉は賞味期限が長い。これにより、新たな食料廃棄を抑えることにも繋がる。
ライズ・プロダクツのようにアップサイクルを専門分野に関わってくれる企業があれば、廃棄物を出す側の産業は、廃棄物の処理にかけるべきコストの節約や環境負荷を減らせる。また、アップサイクル側も、廃棄物を利用するため低コストで原料調達がおこなえる。双方の企業にとって有益であるだけではなく、新たな資源を採らずに済むため天然資源の消費削減にもつながり、地球環境にとっても有益だ。
異なる産業どうしが連携し、一度採取したもの地域内で使い続ける「サーキュラー(循環)型」の生産活動の実現。これぞライズ・プロダクツが描く「産業と都市の共生」の理想の姿だ。
ここに共感した意識の高いシェフや個人が、少し値が張っても「スーパー・フラワー」を購入することで、地域のサーキュラー・エコノミーに参加したいと思うのは、かつてないほど環境意識が高まっているいまの時代、決して不思議なことではない。廃棄物を「“小麦粉”という汎用性の高い食品に転換することを選んだのは、多くの人に参加して欲しいからです」。
まだまだ小さなビジネスではあるが、年内には大型スーパー、ホールフーズでの販売が予定されており、大手食品メーカーの「ケロッグやネスレも興味を示してくれている」とのこと。資金調達も順調だそうで、手作業でおこなっている部分を「もう少しオートメーション化できれば、価格も下げられます」。
そんな彼女の目下の望みは「レンタルではなく、自分たち専用のキッチンスペースを持つこと」。「せっかく協力的なブリュワーたちが事前に『今週は、何曜日の◯時と△時に麦芽カスが出ます』と連絡をくれても、こちらがキッチンスペースを予約できていないと作業ができません。というのも、麦汁のタンクから出して、8時間以内にオーブンに入れて乾かさないと鮮度が保てないのです」。もちろんタンクから出した後に冷蔵庫などで冷やして保存しておけば、もう少し長持ちさせることはできる。「実際、そうしてくれるブリュワリーもあるのですが、できるだけ、電力消費などの環境負荷も抑えた生産方法を実践しなくては、と感じています」。環境へのアクションは、個人からグループ、グループから企業へ、さらにいま、都市生活そのものが一丸になろうとしている。
Interview with Bertha Jimenez / RISE PRODUCTS
Photos by Hayato Takahashi
Text by Chiyo Yamauchi(HEAPS Magzine)